「トラ男ー首が気持ち悪ィ……」
「我慢しろ、ここはドレスコードがあるんだ」
「うー……」
ネクタイの結び目に手をやり、ぐったりとしているルフィ、その様子を窘めるようにローは顎を上げた。
ここはとある島にあるカジノ。規模こそそれほど大きくはないが、歴史が深いため来場者には格式が求められていた。
ローもルフィもドレスコードに合わせてジャケットとタイで正装している。

ローは隣にいるルフィの姿を改めてじっと見つめた。
白のジャケットにピンクのシャツ、ネクタイは細かいドット柄かと思えば、小さく犬の足跡の刺繍が施されている。
とにかく可愛さを追求したようなコーディネートは誰の趣味なのか、少し呆れさえもするが――可愛い、と感じている時点でルフィにあてられている事にローは気がついていない。

「つまんねェ!みんな何してんのかわかんねェんだもんよぉー」
ローの品定めするような視線など気にもとめず、ルフィは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「付き合わされてるおれは、輪をかけてつまらねェよ」
ため息をつくようにそう呟いたローに、ルフィは鼻を鳴らした。
このカジノは歴史に合わせてか知らずか、古いゲームばかりが並んでいる。
ほとんどがテーブルゲームで、複雑なルールを要するものが多いのだ。
「やるからにはちゃんとルールを覚えてやりなさい!覚えないならやらない!」と息を荒げるナミに気圧され、ルフィはローと共にカジノの隅に追いやられてしまった。

元々このカジノに来たのは、金欠気味の麦わらの一味の懐を暖める為だったので、いつもよりも圧力が強いナミの押しに押されてしまったのだ。
ロー自身も「ルフィの子守をくれぐれもよろしくね」という念押しをされて、離れるに離れられないままここにいる。
「トラ男もつまんねェんじゃねェかー!じゃああっちのメシ食うところ行こうぜ!」
「来たときにお前の所の航海士に、財布スられてなきゃあそうしてェところだな」
「むっ……」
ローはからっぽになったポケットに手を突っ込みながら、じっとりとした目でルフィをみた。
そっと視線を逸らすルフィ、唇を尖らせてヒューヒューと口笛をふくさまが白々しい。
ローだって、できることならルフィを連れながらでもゲームに参加したかったが「元手は多い方がいいわよねぇ」という言葉を聞いたときにはもう遅かった。
ナミは本格的にローを子守担当にするつもりなのか、ローの財布を持って行ってしまったのだ。
カジノ内の様子を見る限り、一味のメンバー達はそれぞれ勝ちを取っているようなので、文句は言わないが、仮にも同盟相手の船長に蛮行にも程がある。

スられた時のことを思い出して眉間にしわを寄せているロー、その袖を控えめに引っ張る手があった。
ちょいちょいと引っ張られるがまま、視線をその手の持ち主――ルフィに移せば心なしか潤んだ瞳で見つめ返される。
「じゃあ……ホテルいこーぜ、部屋取ってるってナミが言ってたぞ」
「てめェ……」
思いがけない提案にローは面食らった。つまりルフィはローに『そういうお誘い』をしているのだ。
さっきごまかした時のまま、尖らせた唇はぷっくりと主張していて、妙に色気がある。ローは知らぬうちにごくりと唾を飲み込んでいた。
ルフィの頬はいつも通りまるいが、ほのかに赤みが差している。
その頬に誘われるまま手を伸ばし――ローはおもいっきり柔らかなそれを引っ張った。

「食い気の次は色気かエロガキ!」
「むー!!」
全く魅力的な誘いをしてくれるが、子守を名目にホテルにしけこんだなど、一味に知れたらどうなるかわかったものではない。
できないことがわかっているのに誘われるとは、どうにもままならずにローは、びよびよとルフィの頬を伸ばした。
「ったく……」
覇気こそ使っていなかったので痛みはないだろうが、これでルフィの機嫌は決定的に降下線を描いたようだ。
どさりと床に座り込んで、今は違う意味で赤くなってしまった頬をぷっくりと膨らませている。

どうしたものかとローが足を踏み直せば――なにかコツリと小さなものがつま先に当たった感触がする。その正体を確かめるためにローは視線を下ろした。
見れば、赤いチップが一枚落ちている。
ふと――ローは妙案をひらめいた。
ローは不機嫌そうに頬をさすっているルフィに、視線を合わせるように腰を落とす。
「つまらねェならこれでおれと賭けをするか」
「賭けェ?」
唇をつんと尖らせたまま、ルフィは怪訝そうに眉を寄せた。
床に落ちていたチップ、ローはそれを拾い上げてルフィの目の前に持ち出す。

「ここに落ちてた5ベリーのチップ、これを増やせるかどうかだ。この一枚が無くなっちまったらお前の負け、もううだうだ文句は言うな。もし増やせたら……そうだな、財布が戻ってきた後、メシでもヤるのでも好きなだけ付き合ってやる」

唐突な話にルフィはぱちぱちと目を瞬かせていたが、ようやく状況を飲み込んだのか、目を輝かせながら大きくうなずいた。
「やる!」
ローが落としたチップを、パシンと手で受け取りながら、ルフィは立ち上がりカジノのフロアに走りだした。
さっきまでの不機嫌さが嘘のようだ。まぁ作戦は成功だと、ローは胸をなでおろす。
結局ルフィは『何もすることがない』状況に飽き飽きしていたのだろう。
それなら何か一つでもやることを提示してやれば、その機嫌も直るだろうと――そう踏んでの申し出であったが、上手くいったようだ。

どのゲームにするか、よくよく吟味しているルフィの後ろをローはついて回った。
色々なゲームが並んでいる卓を横目に、ルフィは「トランプはムズカシーもんなぁ」などと独りごちている。トランプゲームのエリアを抜けた先にあった卓。それを見つけたルフィはぱぁっと目を輝かせ、ルーレットコーナーへと歩みを寄せた。
「あれがいい!」
「ルーレットか」
ルフィが指差した先には古典的なルーレットゲームがある。
ルールは単純明快、カラーベットをすればルフィが賭けに勝つ確率も高い。順当な選択だ。

ローは頷きながらルフィの後ろへ続き、賭けを見守るように腕を組む。
卓の前に立ったルフィはいたずらっぽく笑いながら、一枚だけ手に取ったチップを数字の上に置いた。
「トラ男の10!」
「てめェ……ちょっとは考えて賭けろよ」
にしし、と笑うルフィにローは眉を顰めた。
よりにもよって1目賭けとは、せっかく有利なスタイルのルーレットなのに、勝負を放棄しているも同然だ。
「いいって!いいって!やってくれ!」
たった5ベリーの賭け、ディーラーも子どもの遊びだと思っているのか、仕方ないといった様子で片眉を上げ、ルーレットを回し始めた。
円盤がめまぐるしく回る中、球が投げ入れられる。
どうせこの一回で終わるだろう――ローは高をくくって、ルフィの後ろで球の行方を見守った。
少々のラグを置いて、円盤が回転をゆるめ始める、チリチリと回る音がだんだん遅くなり、球も行方をようやく決めたようだったが――
「く、黒の10!」
「にしし!よっしゃあー!」
ディーラーの声は僅かに上ずっていた。
絶句しているローとディーラーをよそに、ぴょんぴょんとルフィが跳ねまわる声だけが響く。

目の前に戻ってきたチップ――元が元だがジュースが買える程度には増えている――を眺めながら、ローは感心したように息をついた。
「……やるもんだな」
まさに幸運とはこのことだ。ロー自身、1目賭けで勝つ人間を見たのはこれが初めてだ。
これは財布が返ってきたら、この島で一番良いレストランに連れて行かなければならないだろうか――そんなことを考えていると、ルフィは目の前にあるチップを全てある数字の上に積み上げた。
「ぜんぶローの6!」
「おい、もう賭けは麦わら屋の勝ちだぞ」
「いいや、おれがやりてェからやるんだ!」

ディーラーの手によって再びルーレットが回転し始める。額が額なら大きく勝たれていたさっきの勝負だ。表情には少しだけ緊張の色が滲んでいる。
再び回転を遅くしていくルーレット、ローもディーラーも、それを固唾を飲んで見守っていた。ゆっくりと球が目の中に落ちていく、その先にあった数字は――
「く、黒の6……!」
「よし!」
今度は2人で食事ができる程度のチップが目の前に積み上げられる、赤一枚しかなかったチップが、どんどん色鮮やかになっていっていた。

唖然としているローの方を振り返りながら、ルフィはししし、と悪戯が成功した子どものように口角を上げる。
「勝ったら、おれの好きにしていーんだろ?」
暗に食事のことを言ってるだけではない、と滲ませる挑戦的な瞳にローはぐっと息をのんだ。
そんなローをよそにルフィはまた、数が増えたチップを一つの数字の上に積み上げていく。
「どうせならこれでいっぱいメシ食おーな!」

結局ルフィの賭けはチョコレートが積み上げられるようになるまで続けられて――ローはその島に滞在する間中、ルフィを甘やかして回る羽目になった。
ローの敗因は、ルフィの運を甘く見ていたことと、提示した『メシでもヤるのでも好きなだけ付き合ってやる』という条件を、ローが思っている以上にルフィが『高額なチップ』と受け取っていたからなのだが――
結果的にローは賭けに負けたといえるだろうか? それはルフィ以上に良い思いをした本人に聞いてみなければわからない。




END




(2016/07/31)



よろしければWeb拍手をどうぞ。
inserted by FC2 system