グラスを傾けると、カランと氷が鳴った。
冷たく響くその音とは裏腹に、口の中には篭もるようなほろ苦さと熱が広がっていく。

良い酒が手に入ったばかりで良かった。こんな状況、飲まずにはいられない。
ローは心の中でそうぼやいて、ベッドに視線を送る。
その先には、ルフィが――枕を抱き込むように体を丸めて――横になっていた。

同盟相手とはいえなぜ他船の船長が朝を指折り待つのが早いような時間帯に、ローの部屋にいるのか。
ひとつは、ローとルフィは恋人同士と表現するのがふさわしい関係であるから。
そしてもうひとつは――麦わらのクルーに押し付けられたから、という理由だ。

当初の予定では、麦わらの一味とは次の島で落ち合う予定だった。
その島への中継地点として寄港していた小さな街。
物資の補給が済みそろそろ出航の準備をしなければと船に戻ってみれば、甲板にはそこに居るはずのないルフィと、お腹に張りついたルフィを引き剥がせなくて困り果てているベポの姿があった。

その場に居合わせたクルーの話をまとめれば、ルフィは後から入港したサニー号から『投げ込まれた』らしい。
「ルフィの様子がおかしいからなんとかしろとトラ男に伝えろ、次の島で拾うから」
そう言い残して、サニー号は次の島へと出発してしまったそうだ。
他の海賊団の船に船長を投げ込んでいくなんて話、聞いたこともない。船長が型破りならクルーも大概だ。大体『様子がおかしいからなんとかしろ』とはどう言う意味なのか。
そんなローの疑問は、存外すぐ解決されることとなった。

「はぁ……」

不意に耳を掠めたため息に、ローの体は背筋を筆で撫でられたかのように震えた。
体の疼きを誤魔化すようにウイスキーのグラスを煽りながら、その声の主であるルフィの元へ歩み寄り、ベッドに腰を下ろす。
スプリングが沈んで、やっとローが隣に来たことに気づいたルフィはいつになく不安げな瞳でローを見上げた。
歳の割に高い声、それが子供のように響くのがいつもの筈なのに。
ルフィのため息には、不釣り合いな色香を含んでいて、ともすれば無造作にベッドに投げ出された脚のラインでさえ蠱惑的に思える。

「なぁ、とらお……おれ、どうなっちまったんだ……?」

ルフィの問いかけに、ローはまたグラスを傾けた。
掠れた声を拾う耳、しどけなくベッドに沈む姿を捉える目、純度の高いアルコールが流れていく口、五感のすべてが、ローの体に熱を灯していく。

どうしてルフィがこんな状態になってしまっているのか、心当たりは一つしか無い。
この前会った時、初めてローに抱かれたからだ。

いつしか『恋人同士』と言えるような関係になっていたローとルフィだが、2人の仲は子供の遊びのようなものだった。
触れるようなキスから始まり、次第に深く、体を触り合うようになっても、手や口でお互いを慰めあうぐらいで、本当の意味で繋がり合うことはなかった。

男同士という理由も勿論あるが、ルフィが普段見せている幼さやあどけない表情をを考えれば、キスを交わしたりできるだけで十分だ――そんな殊勝な気持ちでいた筈なのに、あの日は。

「トラ男……」
服の裾を引っ張られて、ローの意識は現実へと戻った。
ベッドに寝転ぶルフィは、困ったように眉を下げながらローの瞳を見つめている。
その瞳は体の奥で欲が疼いていることを隠しきれていなかった。本人は決して気づいて以内であろう感情。
後ろで感じることを覚えてしまった体が、また刺激を欲しているのだろう。
もしかしなくても、自分はとんでもないことをルフィの体に教えてしまったのではないか。
ローはごくり、と喉を鳴らした。

「体の奥が熱くてしょうがねェんだ……奥がぼやってあつくて、頭もぼやってなっちまう……とらお、おれ、なんでこんなになってんだ……?」
「……それは」

酔っているからだ。
ローがやっとのことで絞り出した声は、無意識に掠れて体の奥底に熱が溜まっていることを表していた。
ルフィはローの言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げる。

「おれ、酒なんか飲んでねェよ?」
「……じゃあ、今から飲めばいい」

そう言ってローは手にしたグラスをルフィに渡そうとした。しかし、意識しない内に飲み干してしまったのか、中には氷が溶けて溜まっているだけだ。
酒は好きじゃねェ、と洩らすルフィの声にローは暫く黙考した後、能力を発動した。
サイドテーブルに置かれていた本が消えて、現れたのは黄色い液体が入った酒のボトルと、ショットグラスだった。

ローはボトルを手に取り栓を抜くと、中身をショットグラスの中に注いでいく。
この酒は少し前に沈めた南の海の商船から奪った荷物に入っていたもので、コックが『使い所が無い』とぼやいて冷凍庫にしまったままになっていたものだ。
ローの手の中で少しとろみを帯びたに黄色い液体がグラスに注がれていくのを、ルフィはじっと眺めていた。

「苦いのが嫌いなんだろ、この酒なら甘ェ」
「うわ、つめてっ!甘ェ酒……?なんかトラ男の船みてェな色だなー」

冷えたグラスを受け取ったルフィは、物珍しそうな目をしながらグラスを揺らす。
そうするとグラスの周りにはほわり、と甘くて濃密な香りが広がる。その香りを嗅いでみると、ローの言うとおり苦い酒には見えなかった。
それに、入っているのは小さなグラスに一杯だけ。これだけ量なら飲めるかもしれない、そう思い至りルフィはグラスの中身を一気に呷った。

途端、噎せ返るような甘さと熱が喉を焼きながら体の奥へと流れていく感覚に目を見開く。
全て飲み干したものの、ルフィは喉に手をあててけほけほと咳をした。
酒が通った食道の形がわかってしまうぐらい、アルコールがきつい酒だ。じわりと体の奥に熱が溜まる感覚に、ルフィは身震いする。
「甘っ!なんだよこれー!口ん中あちーぞ……」
「一気に飲めばそうなるだろ、ウイスキー程じゃねェが凍らねェ酒だ……普通は舐めて飲む」

「先に言えよぉ……んっ!?」
文句を言おうとルフィが口を開けば、ローに唇を塞がれて言葉が飲み込まれてしまう。
アルコールを逃がすように出していた舌を食まれて、くぐもった吐息だけが部屋に響く。

ルフィの舌は酒と唾液がとろりと交じりあって甘かった。
飴をねぶるようにじっとりと根本から先までローの舌が這い周り、ルフィはだんだんと意識がぼんやりとしていくのを感じる。
いつの間にか覆いかぶさっていたローの体、その影の中に閉じ込められて、体の力がくたりと抜けていく。
口に残った酒の甘い所が無くなるまでローの舌に翻弄され。ちゅる、と音を立ててようやく離れた唇にルフィは熱い吐息を吐いた。

「トラ男の舌、苦ェ……」
「麦わら屋は甘ェな」
「どっちも得しねーじゃんか……ぅあっ」

息が上がって力なく仰け反った首筋に誘われるように、ローは舌を這わせた。
首に浮いた筋を少しずつ上っていくようにキスを繰り返すと、その度にルフィの体はぴくぴくと震える。
そうして鬱血の道を残しながら耳元までたどり着き、酒のせいだけではなく赤くなった耳たぶを唇で挟んで吸うと、ルフィは喉から絞り上げるような声を漏らした。

「ひっ……とら、お……おれ、ヘンだ……」
「……どこがだ?いつもシてんだろうが」
ローの問いかけにルフィは涙を浮かべながらローの手を取り、自分の腹の上に導いた。
弾力のある腹筋の手触りを確かめるようにローがさわりと手を動かすと、無意識にルフィの腰が浮いて辛そうに目をきつく瞑る。
「いつもと違ェよ……ここの奥があちーんだ、奥がじんじんして、あちぃ……」
「……酒に酔ってるからだろ」
「そ……なのか?でもおれ飲む前から……うァっ!?とらお……っつ!きゅうに、する、な、あアっ!!」

腹を撫でていた手を下肢に伸ばされて、ルフィは突然の快感に身を捩らせた。
ローはまた唇を重ねて、ルフィの舌を絡めとる。
はふはふと合間に苦しそうな呼吸を繰り返すルフィを見つめながら着衣を落とし、ローは昂ぶりを愛撫する手を一層激しくした。
全て酒に酔っているせいだ。そういうことにしてしまえ。
荒くなっていくルフィの呼吸を聞きながら、ローは心の中でそう繰り返す。

「うあッ!っン……は、ぁっああっ……」
普段のルフィから想像できないような甘い声に、ローの下肢も硬く主張を始めていた。
ぴくぴくと震えるルフィの太ももに下肢を擦り付けると、ルフィが感じる度にローにも甘い痺れが伝わっていく。

硬く勃ちあがった昂ぶりから溢れ出す雫。それを潤滑剤にして指を広げるように動かすと、ぷっくりと膨れ上がった亀頭が顕になってルフィの腰は一層大きく震えた。
外に出たばかりで敏感なそこをくるくると指先で撫でると、たまらずにルフィはローの背中へと縋り付くように腕を回した。
扱く度にぐちゅぐちゅと鳴る水音が、だんだん大きくなっていく。

「ううッ!!……アっ……ンンっ……っ、ぁああああーッ!!」

びくんと全身を緊張させながら、ルフィはローの手の中に白濁をぶちまけた。
ひくひくと大きく動く太ももで擦りあげられて、ローの腰にも強く快感が走り、荒く息を吐く。

「麦わら屋……」
「は、あ、ァ……とらおぉ……」
「まだ、満足できてねェだろ?」

肯定を促すようなローの声に、ルフィは一瞬の逡巡を覗かせた。
しかし、奥の窄まりにぬるぬるした精液を塗りつけられる感覚に煽られて、ゆっくりと頷く。
表情を隠すかのようにローの首筋に顔を埋めながら、ルフィは涙声でローの首に縋った。

「足りねェ……やっぱおれおかしいんだ、本当に、酒のせいなのか……?」
「あァ……酔ってるからそうなるんだろ」
「じゃあ、飲ませたトラ男が悪いんじゃねーか……!」
「だから、おれがなんとかしてやるんだろ」

「ッ……!ああッ……」
つぷ、と胎内に入り込んだローの指に、ルフィは苦しげに眉を寄せた。
その意識はもう中を蠢く指にしか届いていない。
ローがついた『嘘』にも――その奥にある感情にも――気づかないまま、ただローが与えてくれる快楽に流されるだけだ。

僅かな抵抗を押しのけながら、ローは胎内のルフィが『じんじんする』と言った場所を探り始めた。
一番奥まで指を挿し入れてから、内側から腹を押し上げるように指を抜いていくと、ある一点でルフィの体がいつになく大きく揺れる。
「――ひっ!ンぁっ……!!んっ……ぅ゛うっ……――!! 」
ざらざらとしたそこを指の腹で何度も擦り上げると、びくびくと硬直と弛緩を繰り返しながらルフィが大きく嬌声をあげる。
だらんとだらしなく開いた口から絶え間なく漏れる喘ぎ声に、ローは無意識に唇を舐めていた。
力が緩んだ隙に指を増やして突き入れれば、それを待ちわびていたかのようにキツく締め上げられ、絞りとるように蠢く胎内に指が捕らえられる。

また硬く勃ち上がったルフィの高ぶりからは透明な雫がとめどなく溢れ続けて、後ろの窄まりに滑りを足していく。
指を出し入れする度にじゅぷじゅぷといやらしい音が鳴って、ローの理性は次第に干上がっていった。
「きもちいいか……?」

麦わら屋?と耳に吐息を流しこむように問いかけると、ルフィは箍が外れてしまったかのように何度もこくこくと頷いた。
「ハアッ、んっ……すげ、うァっっ、すげぇ……きもち、い、う゛あッ!とらお、とらおは……?」
快楽で頭が真っ白になりながらも、ローを愛撫しようと手を伸ばしてくるルフィ。
ローはその手を取って、自分の肩へと導いた。縋るルフィを支えるように、ローはルフィの方へと腕を回す。
それと共にずるりと指を引きぬかれ、ルフィは切なげな吐息を洩らした。

「お前は何もしなくていい、おれが……全部してやるよ」
「とら、お……ぅ、あ……」
喪失感にはくはくと蠢く後孔、そこにローの昂ぶりが擦り付けられ、ルフィはびくりと体を固くした。
太いモノを本来の用途ではない場所に突き入れられる恐怖と――少しばかりの期待、その2つの感情が入り混じった顔は、ルフィに不釣り合いな程淫靡だった。

衝動のままにローが腰を押し進めると、ずぶずぶと輪の中に飲み込まれていくように昂ぶりがルフィの胎内へと沈んでいく。
時折奥へ引きずりこむように蠢く腸壁に、ローはきつく歯を食いしばった。
「ン……!は、ぁっあ……ぅあッ!あああっ――!」
「ぐッ……!」
ずぶりと一番奥まで昂ぶりを突き立てられて、ルフィはたまらずローの肩に噛み付いた。
ギリギリと食い込む歯に痛みが奔るが、まるでそこから毒でも流し込まれているかのように、ローの中には快感として刷り込まれていく。
今まで取り込んだ熱、それが頭のなかすべてを支配していて、今の2人にはどんな刺激でも甘く鋭い快楽へと変換されてしまっていた。

ローは中の動きに合わせてぴくぴくと震えるルフィの熱を握りこみ、ぐちぐちと音をたてながら扱き上げた。
「っ……、萎えてねェなら、この、まま、イっちまえ……!」
「とらお……ンぁっ!あっ――!とらおぉ、おれ、やば――っ!!」
ぐいぐいと射精を促すように昂ぶりで前立腺を擦り上げると、ルフィは口を開いて声にならない声で啼いた。
自身をきつく絞り上げられて、ローの息も上がっていく。

喘ぎ声まで全部飲み込むように唇を重ねて突き上げると、ルフィのすべてを自分が支配しているかのようで、ローの中では柔い満足感とが広がり、そして――僅かばかりの罪悪感が渦巻いていた。
その感情を押し込めるように、腰を動かして、快楽の海に溺れていく。

「ん!うっ……!んんッ!!ぐ、……んんん――ッッッ!!」
ごり、と一番深いところを突かれて、ルフィはビクビクと震えながら二回目の吐精をした。
絶頂の時すら唇を捕らえられていて、びりびりと体を突き抜けるような快感全てを、逃すこと無く受け入れた体。
その苛烈さに耐えられなかったのか、ルフィはローに預けながらくたりと意識を手放す。
「くっ――……ハアッ、麦わら屋――!」
重くなったルフィの体に腕を回してきつく抱き込みながら、ローは反応の無いルフィの体を何度も突き上げる。
何度も角度を変えて唇を重ねながら、ひくひくと蠢く胎内の奥へと白濁を流しこんだ。

――悪い、麦わら屋
小さな懺悔の言葉は形を成すことはなく、ローの心のなかにだけ重く響いていた。


行為の余韻を引きずりながら時計を見上げれば、そろそろ朝焼けが見られる時間帯になっていた。
潜水している今はその光も届かず、ただ暗い夜のような海が広がっているだけだ。
室内を照らす白熱灯の鈍い灯りだけが部屋を照らしていて、時折快楽を思い出したかのようにひくりと震えるルフィの体を浮かび上がらせている。

ベッドに沈む姿からは先程までの色気を感じることはできない。
下肢が白濁に塗れてさえいなければ健やかな寝姿で――それがまた、罪悪感としてローの心を引っ掻いていく。
いけないことを教えてしまったという罪悪感。
それでもルフィを目の前にすれば、自制など無いも同然で抱いてしまう。

それならせめて、ルフィにこの行為は一時だけの特別なことなのだと、言い聞かせてやりたかった。ひとえに――昼間ルフィが見せる幼さを汚したくない一心で。
手を出した上、酒のせいだと言い訳をして抱き潰すような男が何を言うのか、滑稽な姿だとローは皮肉げに口角を上げる。
横で寝息を立てるルフィの前髪をかきあげ、眠る赤子に言い聞かせるように額に唇を寄せた。

全ては、酔いのせいだ。
おまえがああなるのは、この部屋でだけだ。

そう胸の中で繰り返すロー。ルフィのうなじを撫でる手つきは、情事の後には不釣り合いなほど柔らかい、無垢な愛情に満ちていた。
朝の光が届かないこの部屋でだけ、ルフィはローと秘密の行為に溺れる。






END



(2016/01/16)



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