ガチリと錠が回る音が、彼が来た合図だ。
この家の合鍵を持っているのは彼しかいないのだから。

出迎えに行こうとリビングのドアを開けると、お腹に衝撃が走った。ずん、と音がしそうな勢いで懐に飛び込まれて、低い呻き声が漏れる。
彼はそれを意にも介さず、ボクのお腹にぐりぐりとおでこをを押し付けた。
露わになった後頭部を撫でてやると、小さな後頭部はボクの掌で殆ど包めてしまう。

「日向クン、来てくれたんだね」
「うん! 来てやったぞ!」

ボクの言葉にはにかむ、屈託のない笑顔。
彼の名前は日向創クン。はす向かいに住む小学生の男の子だ。
 
ボクと彼は、”秘密を共有する“仲だった。


玄関に脱ぎ散らされた靴を揃えてリビングに戻ると、日向クンは冷蔵庫の中を覗いてうんうん唸っていた。
つま先がぴんと伸ばして、それにつられて白いソックスのゴムも真っ直ぐに引っ張られている。

「こまえだぁ……水ようかんは?」
「この前日向クンが食べたので最後だよ」
「ええー……じゃあ喉乾いた。牛乳飲みたい」
「今日の朝ボクが全部飲んじゃった」
「ええー」

不機嫌そうに頬を膨らませる日向クン。おもちみたいにまるい頬が可愛らしくて、さすさすと指先で擦ると『やめろ!』と言って振り払われてしまった。

「ゴメンゴメン。お詫びにジュース出してあげるよ。オレンジとりんごとぶどう、どれがいい?」

ボクがそう言って冷蔵庫の下の引き出しを開けると、みるみる顔色が変わって目が輝き出す。
目まぐるしい表情の変化、こういう時の日向クンは歳相応の幼さを持っていて微笑ましい。

「りんご!」
「はいはい。日向クン、水ようかんは無いけど、クッキーならあるよ? 食べる?」
「食べる!」

嬉しそうに足に絡みつく日向クン、まだ小学生とはいえ、高学年にもなればなかなか重くて、戸棚のコップを取るのにも一苦労だった。

幸せそうな顔をしてクッキーを頬張る日向クンを、ボクは飽きること無く見つめていた。
手についたざらめを舐めとったり、たまに飲むりんごジュースが酸っぱく感じるのか眉を顰めたり、ただ食べているだけなのに忙しない。

「ねぇ、ボクにもクッキーちょうだい?」
「だめ」
「ええ、ズルイなぁ……それじゃあ、日向クンが食べ終わったやつでいいよ」

ふいと背けた顔。その顎を指先で捉えると、簡単にこちらへ向かせられる。
意図を測りかねているのか、不思議そうに開いた唇。その周りについたクッキーのかけらを、べろりと舌で舐めとった。
唇についた砂糖も逃さないように舌先を這わせると、日向クンの口からはくぐもった甘い声が漏れる。

「は、ぁぅ……」
「……ねぇ、これなら貰っていいでしょ?」

ボクの問いかけに、日向クンはほやんと緩んだ顔のまま、かすかな声で『うん』と答えた。


日向クンの身体を抱き上げて、ボクの膝に座らせる。すっぽりと身体を包むように抱きしめると、くったりと身体を預けてきた。
耳の後ろに鼻先を埋めると、やんわりとあたたかい、おひさまのような香りがする。

「日向クン、今日はおうちの人はどうしたの?」
「んー、母さんは出張。外国に行くって大きな荷物もって出ていった」

日向クンのご両親はこんな風に家を空けることが多いようだ。母親も頻繁に泊まりの出張に出ているし、父親は日向クンが中学生になる頃まで、単身赴任先から帰ってこないらしい。
日向クンが一人の間シッターをつける事も容易な経済状況なのに、いつも隔日で家事をする家政婦しか雇わないご両親。
それは日向クンが、”親の目から見て完璧な良い子”だからなのだろう。

「なぁ、狛枝……」

もぞ、と腕の中で日向クンが身体を捩った。細い腕がボクの首に回されて、ほんのり紅潮した顔が近づいてくる。
ちゅ、と小さな音を立てて重なった唇は熱を――子供体温だからという言葉では説明できないほどの――孕んでいた。
ボクの視線を絡めとる大きな瞳は、不釣り合いなほど大人びた”媚び”で潤んでいる。

「今日ここに泊まりたい。この前のやつ、もっとして欲しい……」

もぞもぞと擦り合わされる内腿の間で、未成熟な幼い欲望がぷっくりと主張を始めていた。
手のひらでやんわりとその膨らみを包んでやると、無意識に腰が揺れて日向クンの口から甘い吐息が漏れる。

「……ああ、またボクとえっちなことをしたいんだ?日向クン、癖になっちゃったの?」

大人らしい余裕を持って、焦らそうとしているのに、ボクの声は隠しきれない欲望に掠れていた。
それに気づかないのは子ども故なのか、日向クンはまるでおもちゃを買ってもらえるかを伺うような不安げな――でも同じぐらいの期待に満ちた――瞳でボクを見上げてくる。
そうして恥ずかしそうに目元を赤くしながら、甘えるようにボクの首筋に顔を埋めた。

「だって、きもちよかったんだ……」
「ふぅん、日向クンはえっちなことをしてきもちよくなるのが大好きなんだ?」
「……うん」
「ふふ、日向クンってばすっごく、悪い子だね」

ひくんと震えた身体はもう熱を持て余して火照っていた。もっと虐めたくてしょうがない。
しかし――不意に、甘い痺れが体の奥に迸った。視線を落とせば、日向クンのまるみを帯びた膝が、昂ぶりを主張し始めたボクの股間を擦り上げている。

「でも……狛枝は、悪い子がすきなんだろ?」
「っ……」

ぞわり、と背筋が粟立つのを感じた。挑戦的に細められた目に射竦められて、興奮に視界が歪んでいく。
さっきの子供らしさを失った、しかし大人になりきれてもいない、いいあらわすならば”悪童”の顔。
カラカラに乾いていく喉は、干上がっていく理性とリンクしているようだ。

「……それじゃあ、日向クンからキスをして。うまくできたら、ベッドにつれていってあげる」

ようよう絞り出した声を絡めとるように、ぽってりと赤い唇が吸い付いてくる。
しとしとに濡れた舌を絡め取れば、ほんのりとやさしいりんごの味がした。
END





(2015/07/17)



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