差し出された一枚の布に、目の前の男はあからさまに怪訝そうな表情を浮かべた。

「これは、一体?」
「えっと……今日からは、これで口を塞ごうと思って……」

 しげしげと両の手のひらを見つめられると、なぜだか咎められているような気がしてくる。息苦しさで手のひらに染み出した汗は、薄い布地をじんわりと湿らせた。
 部屋に満ちる沈黙がいたたまれなくて、立香が言葉をさがしているうち、ガウェインは何かに気付いたようにさっと顔を青くした。

「もしや、痛かったのですか? この間は苦しそうになさっていましたし……」
「そ、そうじゃなくて! い、痛くはなかった……から、大丈夫……」

 あまりに深刻な表情をするので、立香は慌てて否定をした。しかし、ガウェインは眉間に皺を寄せたままで、腑に落ちないという顔を崩さない。
 これはきちんと理由を説明しなければ、納得してもらえなさそうだ。
 モノ≠見ただけで意図を察してくれないかと、淡く期待をしていたけれど……考えが甘かったと、立香は小さく肩を落とした。

「その、し……してる時に変な声が出ちゃうから、聞き苦しいと思って……布で口を塞いだら、声がでないかなって」

 ああ、してる時≠セなんて、口に出すだけで顔から火がでそうだ。
 立香の声は蚊の鳴くような小ささだったけれど、ガウェインにははっきり聞こえたようだ。目を瞬かせる彼を見て、一層羞恥心が強まっていく。
 サーヴァントは人間と比べて、五感が鋭いと聞いたことがある。それを考えると余計に自分の声を聞かれるのが恥ずかしく、立香は耐えかねてガウェインから視線をそらした。

 二日前、立香はガウェインと魔力供給をした。

 原因はレイシフト中にエネミーにかけられた呪いだ。
 帰還して詳しく調べると、呪いは体内から少しずつ魔力を喰らう性質のものだとわかった。自慢することではないが、元々立香が持つ魔力はごくごく少量だ。ただでさえ少ない魔力が底をついてしまう前に、どうにか補填しなければいけない。
 そう説明するドクターの顔は本当に心苦しそうで、立香は嫌がる素振りも見せられないまま、魔力供給という名目のセックスに同意してしまった。
 その相手に選んだのが、目の前にいるセイバー・ガウェイン卿だったのだ。

「聞き苦しいなどと、私はそのようには思いません」

 物思いに耽っていた立香をよそに、ガウェインは厳かな表情でそう口にする。
 立香にはその優しさが余計残酷に思えて、うつむいて唇を噛んだ。

「……ガウェインはそうでも、俺は嫌なの。従って」

 いつになく突き放した主の声音に、ガウェインは二の句も継げず目を見開いてみせる。
 しばらく沈黙が続いてから……ガウェインはようやく、「承りました」と立香の提案を受け入れた。
 これでひとまず安心だろうか。
 そうほっとした矢先、手にした布をガウェインに奪われ、立香はびくり肩を震わせた。

「な、なに――」
「こちら、私がつけさせて頂いても?」

 向けられた視線の熱さに、立香は思わず喉を鳴らす。ガウェインの言葉は疑問形であるのに、有無を言わさぬ圧があった。
 どうしてそんなことを言うんだ? そう聞き返す勇気など、立香にあるわけもない。

「いい、けど……」

 彼の申し出を了承するか拒否するか、答えは強引に定められたようなものだ。立香の許しを受け、ガウェインは彼の後ろにまわり、薄くひらいた口へと折った布をあてがった。
 布を結ぶ音を背後に聞きながら、立香は心臓が冷え切っていくような心地でいた。

 どうしてこんなことになったんだろう。あと何回、これを繰り返さなければいけないんだろう。そんな、むなしさをはらんだ疑問だけが、頭の中で繰り返される。
 一週間前なら、数日前なら、彼と一緒にいるときこんな冷たい心地はしなかった。
 頭の中がぼうっとするような、頬がかあっと熱くなるような面映い心地で、この美しい騎士の隣に立っていた。
 魔力供給の相手を選んだのは自分なのに、当然の報いがこれほど苦しいとは思わなかった。しかし立香にはどうしても、ガウェイン以外の相手を選ぶことは出来なかったのだ。

『ガウェイン、好き』

 こうして布を噛まなければ、そんな言葉を口走ってしまいそうなほど――立香は騎士のことを、恋い慕っていたがゆえに。



 寝台に横たえた体は、哀れなほど硬くこわばっていた。まるで生贄の子羊を見ているようで、ガウェインには年若い主が可哀想で仕方がなかった。
 頬に触れて、口づけをしようとした所で、無粋な布が阻んでいることを思い出す。代わりと言うように、少しだけ露出した上唇を喰むと、立香の体は怯えたようにびくりと跳ねた。

 前回の魔力供給の折、口づけの許しを請うたガウェインを、立香は拒まなかった。
 いや、逡巡したように彷徨っていた視線を思えば、きっと彼は拒否したかったに違いない。交合すれば魔力供給は成立するのだから、くちびるまで許してやる道理はないのだ。

(きっと立香は、私に無理を強いていると負い目を感じていたのだろう。私は小狡くもそれを否定しなかった)

 インナーの裾をたくし上げると、普段は秘されている、日焼けをしていない肌があらわになる。薄く浮いた腹筋を撫で胸元へ指を滑らせれば、呼吸で上下する肋骨が感じられた。
 その中で控えめに主張する突起に唇を寄せ、ガウェインはぱくりと立香の一部を口に含む。

「ん、っ……!」

 くぐもった息しか聞こえぬ事が、ただただ残念に思える。
 その寂しさを紛らわすように、ガウェインは小さな乳首に夢中でしゃぶりついた。かすかな弾力を味わいつつ唇で挟み扱けば、みるみるうちに突起は硬く勃ちあがる。少しでも立香に快楽を与えてやりたくて、ガウェインは硬く尖ったそこを、しつこく愛でかわいがった。

 こうした愛撫も、立香は「必要ない」と嫌がった。これは魔力供給なのだから、胎内に精を注ぐだけで良いと。
 しかしこれもガウェインは拒否して、震え怯える体をむさぼり味わい尽くした。
 効率良い魔力供給には、快楽の共有が必要だ。
 そう嘯けば、立香は素直に抵抗をやめ、ガウェインに言われるまま従った。今だって、彼の手は耐えるようにシーツを握りしめていて、されるがままガウェインの愛撫を受け入れている。
 下着ごとスラックスを脱がせても、立香はぎゅっと目を瞑るだけで、嫌がることもしない。諦めの滲んだ反応を哀れに思いつつ、ガウェインはダ・ヴィンチから渡された潤滑油を手にとった。

「っ……! んぅ、ふっ……」

 ぬるりとした手で性器に触れられて、立香の腰がはねる。
 慣れぬ行為で体が傷つかぬよう、潤滑油には媚薬をふくませたそうだ。そのせいもあってか、立香の性器はすぐに勃起して、ヒクヒクと快楽に震えはじめる。

「いっ、ん、ううー……」

 ぬちゅぬちゅと音を立てて上下に扱いてやると、若い雄は涙のように透明な液をこぼして精を吐きたがった。
 ああできれば、これを口に含んで存分に愛して差し上げたい。
 そんな衝動にかられるが、ガウェインはなけなしの理性で踏みとどまった。口淫で媚薬を口にすれば、きっと私は獣に成り果て、彼を蹂躙してしまうだろう。

「……力を、ぬいていて下さい」

 浅ましく掠れた声は、なんと醜いことか。
 自嘲するガウェインの心を知らず、立香はただ従順に頷いてみせた。
 きっと、必死の気持ちで力を抜いているだろうに、筋張った太ももはやはり緊張して、固まってしまっている。彼が怖がっていることを察しながらも、ガウェインは気づかないふりをして、あらわにした襞の奥へ指を差し挿れた。

「ぐうっ、あ、――ぅ、んんっ!」

 苦しげな声も噛まされた布に阻まれ、くひゅくひゅと哀れな吐息が漏れるばかりだ。ぬめりに助けられるまま、なかへすっかり指を埋め込めば、深部体温のあつさが皮膚に絡みついてくる。
 耐えるように仰け反った首は、まさに獣に喉を食い破られた羊のようだ。ガウェインは浮いた喉仏に口づけしつつ、慎重に狭い内壁を押し拡げた。

 はやく、苦痛より快楽を得て貰いたくて、ガウェインは性急に手触りの違う一箇所を探りあてた。内壁を腹部へ押し出すように指を抜いていくと、ある場所に触れた途端、立香の腰が大きく跳ねる。
 きつく瞑られた瞼に唇を寄せながら、ガウェインはぐいぐいと何度も前立腺を押し上げた。
 小さく開いた鈴口からは一層カウパー液があふれ、潤滑油のぬめりと混ざっていく。
 長らく布を噛んでいたせいだろう。唇の周りに垂れてしまった唾液を、ガウェインはわざと音を立てて吸い取った。

「……っ!? ううう、ひぐ、んん」
「ああ、マスター……痛くはありませんか……?」

 立香の口は確かに『やめて』と動いた。しかしガウェインは、素知らぬ顔で立香を労るふりをする。
 問いかけにも健気に頷く立香を見て、ガウェインはまた節くれだった指を一本、ひらかれた穴へと潜り込ませた。

「う、んん――ふぅ、う……」

 二本の指で前立腺を挟み、こりゅこりゅと揺らしてやる。そうする頃にはもう、立香は快楽に蕩けきっていて、目尻まで赤く染まってしまっていた。
 匂い立つような若い色香を見ていると、知らぬ間に媚薬を飲まされたのかと思うほど、酷く劣情があおられてくる。
 たまらず二本の指を広げれば、淡い肉色がくぱぁと顔をのぞかせて、ひくひくと物欲しげに蠢いてみせた。

 このような彼の痴態を目にする人は、一体どれほどいるのだろう。
 前回の魔力供給の折、立香は誰とも結ばれたことがないのだと打ち明けてくれた。
 私だけが、閨での彼を知っている。胸を満たした仄暗い優越感も、一瞬のことだった。
 再び魔力供給が必要になったとき、彼はまた私を選んでくれるだろうか?
 今度は別の相手を選んで、その人に抱かれるのかもしれない。あるいは全てが終わった後、故郷で誰か素敵な女性を娶るのかもしれない。そんな可能性が思い浮かぶたび、ガウェインは悋気の炎に灼かれる心地になった。

『立香、お慕い申し上げております――』

 そう口にすることもできないまま、ガウェインはすっかりほぐれた蜜穴から、指を引き抜いた。
 下着の中から引きだしたペニスは、浅ましく勃起し、想い人を求めひくついている。怯えたように喉を鳴らす立香を無視して、ひらかれた孔へそっとペニスをあてがった。そのとき――

 立香に目に見えた抵抗をされて、ガウェインは奈落へ落とされたような心地になった。

「――立香? どうかなさいましたか?」
「ん、ぷはっ。うう……」

 絶望感をどうにか取り繕って、ガウェインは立香に尋ねた。
 物言いたげな視線を感じ、噛ませた布を外してやると、立香は浅い呼吸を繰り返しながら、ガウェインから目を背けてみせる。

「挿れるなら、後ろからして」
「――何故」
「顔、見られたくないから」

 じっと伏せられたままの瞳に、ガウェインがうつることはない。
 彼の心が手に入らないのであれば、せめてこの青い瞳が潤むさまだけでも、目に焼き付けておきたかった。深い色の虹彩に己をうつせば、彼が私を愛してくれていると錯覚できたかもしれないのに。

「……承りました」

 失意を押し隠しながら返事をしても、立香がガウェインの方を見ることはなかった。
 立香はガウェインの手から布を取ると、自ら口にくわえて後ろ手できつく結んだ。そうして、自らうつ伏せになろうと背を向けたところで、ガウェインは我に返り彼の肩へと手をかけた。
 促すつもりで添えた手なのに、立香は怯えたように肩を震わせる。怖がっているのは彼の方なのに、ガウェインは首を絞められたような苦しさを感じた。

「無理に腰を上げずとも構いません。マスターは楽にして、横になっていてください」

 耳元で囁かれる声に、立香はくぐもった吐息で頷いた。
 もっちりとした弾力を掴んで、張りのある臀部を押し開く。再びあらわになったまるい襞だけは、とろりと濡れて、ガウェインを求めてくれているようだった。
 切っ先を窄まった場所に押し当てれば、ぬめりに助けられて、あっけなく先端が飲み込まれていく。亀頭を包む熱い肉を感じて、ガウェインはぶるりと体を震わせた。

「マスター。苦しくは、ありませんか……?」
「んん、っっ、ぅん――」

 耳元で尋ねると、立香は髪を枕に擦りながら何度も頷いた。
 確かに、脱力した様子を見ると、彼が苦痛を感じている風には見えない。
 ガウェインは小さく息を吐いてから、再び奥の方へと男根を進めていった。体勢のせいか、立香の胎内は以前よりとろりと柔らかく、優しく包みこんでくれるような感触がした。

「ぁ……ふ、ぐぅっ……」
「マスター……」

 まるい尻へ腰を押し付けるようにして、最後までペニスを飲み込ませる。ガウェインは、ぞうっと震えている立香の背に覆いかぶさり、甘えるように頬を擦り寄せた。
 挿入するときに前立腺が擦れたのだろうか。すぐにひくんと甘く締め付けられて、しびれるような快楽に思わず歯を食いしばってしまう。
 こうして後ろから犯していると、まるで彼をレイプしているような気分になってくる。
 乱暴な衝動で無垢な体を犯し尽くす。そうできたとしたら、かえって楽だったかもしれない。恋情を押し殺す辛さを投げ打ち、彼に嫌われていいと、獣欲を放てたら――

 本当にそんな事ができたなら、端からこんな苦しみを味わわずに済んだだろう。
 ガウェインは自嘲を飲み下すと、労るように立香の前髪を撫でて、ゆっくりと腰を動かしはじめた。

「どうか終わるまで、ご辛抱を……!」
「――あっ!! ひうっ、ん、んんっ! ――!」

 ずちゅずちゅと果実を潰すような音を立てながら、熱り立ったペニスが少年のはらを蹂躙していく。凸凹した襞を雁首で刮ぐたび、立香ははふはふと荒い息を吐いた。
 感じている事を示すように、肉筒がきゅうきゅうと締め付けを繰り返す。それを窺ってから、ガウェインはひときわ激しく、立香の感じるところを責めていった。

「ぐっ、ううっ…… マスター、ますたーっ……!」
「ひんっ! ぁ、っっ――!」

 腰を動かしてやりながら、ガウェインは匂いを確かめる犬のように、立香の髪に鼻を埋めた。
 汗ばんだ彼の体臭は、いつもよりも芳しく甘く感じられる。深く息を吸い込むと、一層の興奮にペニスが跳ねるのが、自分でもよくわかった。
 名残惜しく後頭部にキスをして、ゆっくり顔を上げる。そうすると立香は、手が白くなるほどきつくシーツを掴んでいた。
 このままでは、爪が手のひらを傷つけてしまうかもしれない。そう思って、ガウェインは立香の緊張をほぐすように、指を絡ませ両手を結んだ。

「――うぇ、――いん?」

 その途端――快楽に蕩けた瞳で見上げられて、かあっと頬が熱くなる感覚がした。
 相手の意図をはかりかねているのか、青い目は不思議そうに揺れている。きょとんとした表情は、彼をいつもより一層幼く見せていた。
 そんなあどけない目で見られたら。

「――ッ、立香っ!」
「あ゛っ!? ひゃうっ、あっアっっ! ん、ん゛んん――」

 昂りのまま腰を動かされて、立香は驚いたように目を見開いた。
 理解が追いつかぬまま責め立てられて、咥えた布からは唾液があふれ、シーツを濡らしていく。
 指を絡めあって、視線を向けられる。そんなことをされたら、これが蹂躙ではなく愛を結ぶものだと勘違いしてしまいそうだ。
 ガウェインは甘い想像に呑まれて、ただ夢中に想い人を求めて、体を擦り寄せあった。

 勿体なくもすぐに射精感が来て、ガウェインはそこでようやく我にかえった。無理をさせていないか立香の様子を覗えば、ほろほろにとろけた表情で、すぐに杞憂だと知れる。
 後ろを好きに弄ばれて、ペニスはシーツに擦り付けられて、立香はもう何度も絶頂に押し上げられていた。甘く続く絶頂のたび、ペニスをきつく締め上げられて、ガウェインもそのまま立香のはらへ精を放った。

「――ぁ、りつか……はぁ……」
「はひ……ぁ、うぅ――」

 びゅるびゅると音がしそうなほど、長く射精が続いている。
 ゆっくり腰を揺らして、尿道にも残らぬほどに中出しすれば、まもなく立香と魔力が共有されていくのが感じられた。
 これは彼にとって、慣れぬ感覚なのだろう。立香はうつ伏せになったまま、目を閉じて肩で息をしている。

 ガウェインは結んでいた手を離すか少し逡巡して、そうっと絡みあっていた指をほどいた。汗をかいていらっしゃるから、湯浴みか拭って差し上げねば。そういう風な建前を自分に言い聞かせて、名残惜しく体を離していく。

「……マスター。御身を清める準備をして参ります」

 かけられた言葉に、立香はぼうっとしたまま頷いてみせた。ようやく我にかえったのか、のそりと手を動かして、咥えていた布を外している。
 そんな様子を横目に、ガウェインは立ち上がり浴室の方へと足を向けた。


「……りつか」

 口慣れない名前だ。
 ガウェインは誰にも聞こえぬような声で囁いてから、乾いた自身の唇に触れた。

 あと何回、この名を呼ぶことを許されるのだろうか。

 答えを出す代わりに冷たい水を浴びて、ガウェインはこの疑問を隅へと追いやった。





END




(2020/02/19)




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