※オフ本『Morning Glory』の幕間SS、本編を読まなくても単独で読めます。


 窓から零れた陽光に瞼を叩かれて、立香は浅い眠りから目を覚ました。シーツに包まるように寝返りを打つが、その体は酷く重い。
 狭い部屋に閉じ込められて、時間が経つのを待つには、眠るぐらいしか方法がない。監禁生活が続くにつれ、睡眠は短く浅くなっていく一方だ。
 最近は、細かい気絶を繰り返しているような感覚で、少し体を動かすことにすら、大変な気力が必要だった。
 一体今は、何時なのだろう。時間を確認しようにも、この部屋には時計すら置かれていない。
 窓からは明るい光が差し込んでいるが、本当に今は昼なのだろうか? それとも……


 結論にたどり着く前に、扉の錠が外れる音がして、立香は体を強張らせた。ギイギイと木材が軋む音が、やけに長く聞こえる。

「おや、また眠っていたのですか? ふふ、立香はお寝坊さんなのですね」

 場違いなほどに朗らかな声で話しかけられて、立香は警戒するように相手――立香を監禁した張本人である、獅子王の騎士ガウェイン卿――を睨みつけた。
 しかし、当のガウェインは、立香の視線など意に介してもいない様子だ。シーツに包まったままの立香を、微笑ましそうに見つめながら、室内へ足を踏み入れてくる。
 ガウェインは再び扉に錠をかけると、室内のテーブルと椅子に、手にしていた籠とマントをそれぞれ預け置いた。

 白亜の聖都キャメロット、その正門で起きた戦闘に敗れて、立香は獅子王の捕虜となっていた。
 いや、もしかすると、獅子王にとって立香は『捕虜』にも値しない存在なのかもしれない。
 立香は獅子王によって『市民』として聖都に受け入れられ、ガウェイン卿によって、この塔に幽閉されていた。
 何度も脱出を試みたものの、部屋自体に魔術がかけられているのか、立香の力では扉も窓も、びくともしない。
 最近では、心細くも残っているカルデアとのパスを確かめて、逃げ延びた仲間の無事を、ただただ祈り続ける日々が続いていた。
 時間を潰せるような本も無ければ、身の回りの世話をする侍女との会話も許されない――立香にとって外界との接点は、一日一度部屋を訪れる、ガウェインのみとなってしまっていた。

「立香、起きてこちらにお掛けなさい。貴方のために果物を持ってきたのです」
「……」
「また食事を摂らなかったと聞きましたので、甘い果物であれば、立香も好むかと思いまして――さあ、こちらへ」

 優しくも有無を言わせぬ声色に、立香は大人しくガウェインの言葉にしたがった。
 立香が引かれた椅子に腰掛けたのをみて、ガウェインは満足したように目を細める。装備を解いた掌で、そっと立香の頬を撫でてから、ガウェインは揃いになった正面の椅子に腰をおろした。
 ガウェインの視線が逸れた隙に、立香は撫でられた頬を手の甲でこすった。そうでもしなければ、ぞわぞわ≠オて仕方なかったのだ。
 ここのところ彼の様子がおかしい。
 一日一度、ガウェインが立香の様子を見に来ること自体は、この幽閉生活が始まった当初から、ずっと変わらない。
 しかし、ある時から彼は、立香への態度を大きく変化させたのだ。


「どのようなものが好みか悩みまして、色々持ってきてしまいましたが……立香が好きなものをお食べなさい、どれも冷たい水で冷やしましたから、きっと気に入りますよ」

 目の前に差し出された籠には、ガウェインが言うとおり、とりどりの果実が入っていた。
 よく冷やされたおかげか、果実の表面には小さな水滴がついて、つややかに光っている。
 視線に促されて、躊躇いながら果実に手を伸ばす立香。その様子を、ガウェインは微笑みながら見つめている。騎士の整ったかんばせに、うっすら赤みがさしているように思えて――立香は無意識に喉を鳴らした。
 甘やかな声色に、とろけたように潤んでいる瞳。
 いつからか、ガウェイン卿が立香に見せる表情は、このように……あからさまな恋情を滲ませたものになっていた。
 誰かから明確な『恋愛感情』を向けられるなど、立香にとっては、幼い頃にあった以来のことだ。
 大人の男から熱っぽい視線を送られるなど、当然のように初めてで、ましてや相手が己を幽閉している張本人となれば、困惑よりも恐怖のほうが勝ってしまう。
 そういった目で見つめられる度に、立香は喉元にナイフを当てられたような、息苦しさに苛まれていた。

 立香は果実の中から葡萄を選んで、その実を一粒摘み取った。
 ひんやりとした弾力を指先に感じながら、まるい果実にそっと唇を寄せる。彼の唇がふにゅりと撓むさまを見て、ガウェインは感極まったような吐息を漏らした。
 ちゅっと音を立てて、立香の口内に甘い果肉が転がってきた。
 甘酸っぱい香りも、歯に感じる弾力も、久方ぶりのように思えて、立香は無意識に顔を綻ばせる。
 土地柄や時代のせいか、差し入れられる食事は、どれも質素なものばかりだったのだ。久しぶりに甘いものを口にして、喉に流れた果汁は、体にも心にも染み渡っていくようだ。
 もう一つと手を伸ばした立香を、ガウェインは満足げに見つめていた。
 食べているうちに、果汁が滴ってしまったのだろう。立香は甘い雫を舐め取るように、親指に舌を這わせた。
 ちらりと見えた赤い舌が、みずみずしくも卑猥に思えて、ガウェインはごくりと喉を鳴らす――

「立香、こちらもいかがです?」

 不意に声をかけられて、立香は籠から視線を上げた。目の前の騎士――ガウェイン卿の手には、あまり見たことのない果実が、皮を剥かれて果肉を晒している。
 目の前に差し出されたものを見て、立香は戸惑ったように眉をひそめた。
 さっき、ガウェイン卿が籠の中から果実とナイフを取り出すのが見えたが、てっきり自分で食べるためだと思っていた。

「ああ、これは無花果です。あまり馴染みがありませんか? こちらも甘くて美味しいですよ」

 立香の沈黙を別の意味に取ったのか、ガウェインはそう付け加える。そうして、戸惑う立香の口元に、そっと無花果の果肉を押し当てた。
 やわらかく濡れた果肉は、まるで立香を誘っているかのように、甘い香りを漂わせている。有無を言わさぬガウェインに、立香はおずおずと口を開き、騎士の手から果実を咥え取った。
 葡萄とはまた違った、噎せてしまいそうな甘さが、喉の奥へと滴っていく。口に残った繊維の感触を、立香はもごもごと口を動かしつつ、なんとか飲み下した。

 立香の唇は、果汁で濡れたおかげで、ぽってりと赤くなっていた。果肉を飲み込んだ時に上下した喉仏も、ぺろりと唇を舐めた舌も、全てが己を誘っているように思えて、ガウェインは「ああ」と途方に暮れるような息を漏らす。

「あなたという方は……」

 不意に顎を掴まれて、立香は驚いたように目を開いた。
 抵抗する暇もなく唇に押し当てられた感触に、立香は体を強張らせる。


「んッ――!? ふ、うっ、んん……」

 また果実を含まされたのかと思ったが、目の前に広がった金色の巻き毛が、そうではないと立香に教える。
 とろりと口内に滑り込んできたそれ≠ヘ、冷たい果実とは反対に、熱く、甘くなった立香の唾液を、丹念に絡め取っていく。
 いつの間にか、うなじを騎士の手に捕らえられて、立香はガウェインに深い口づけをされていた。
 逃げるように閉じた立香の瞼に、騎士のながい睫毛が戯れるように擦れる。前に引き寄せられて、机の天板に手をついた立香に、ガウェインは噛み付くようなキスを繰り返した。
 果肉を喰むように唇を甘噛みされて、チリチリとした痛みがはしる。再び舌を差し入れられて、甘い唾液を擦り付けあう感覚に、立香は頭がぼうっとしていくのを感じた。

 永遠にも思えるような長さのキスは、熱い吐息を残して、ゆっくり離れていった。
 へたり込むように、ぐったりと椅子に体を預けた立香を、ガウェインはぎらぎらとした目をして、見つめている。

(あ、やばい……かも……)

 騎士の目に宿った雄の本能を見て、立香の頭はつよく警鐘を鳴らす。
 しかし、すっかりと力が出なくなった体では、逃げ出すこともできず……ただ、騎士の熱情と執着を、その身で受け止めることしか、できないのであった。




本編に続く







(2019/7/14)




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